児島八十八か所巡礼 第46番 藤戸寺
倉敷市
遍照院から倉敷川を渡って藤戸寺を訪問する。
この寺の開基は、飛鳥時代の慶雲2年(705)に今の寺があるところの真下の海から千手観音像が浮かび上がったので小さなお堂を建ててお祀りしていたところ、約30年後の天平年間にこの地を訪れた行基がそれを本尊として創建したと寺伝にある。
後に、源平合戦の藤戸の戦いの戦功によって児島の領主となった佐々木盛綱は、戦乱で荒廃していた寺を修復し、合戦の戦死者を弔うために大法会を行ったと言われている。
戦国時代の終わり頃には、宇喜多家の家臣でこの地方の領主であった戸川秀安が日蓮宗に改宗させようとしたが、拒否されたため、焼き払ったと伝えられている。
江戸時代になって、岡山藩主の池田氏の助力を得てようやく伽藍が整備され、寛永8年(1632)に本堂(現在の客殿)、元明元年(1781)に現在の本堂(写真1)、文化9年(1812)に大師堂(写真2)が建てられた。
石標は石段下にあって大きくて立派なものである。(写真3)
なお、児島霊場とは直接関係はないが、この寺のすぐ近くに藤戸饅頭本店(写真4)がある。
100年以上前に建てられた店舗は、映画「ALWAYS三丁目の夕日」のロケで使われた情緒ある建物で、藤戸饅頭は由加山のあんころと並んで、児島霊場めぐりの名物だったそうである。
和菓子に興味のない私でも、甘さが優しくて美味しく感じられる。


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