巨木探訪:鏡野町(2)
一方のイチョウ、幹周は4mくらいか。
すっきりした形のオーソドックスなイチョウである。
樹下の説明板には『香々美谷の人々はこの木の黄葉を見て麦播の適期を決めた』と書いてある。
集落のシンボルなのであろう。
またイチョウのすぐ近くには幹周3mを越えるケヤキもあった。
この宿場町跡にはいろいろな遺構が残っているのだが、それを見て回るほどの余裕はない。
時間があればそれなりに楽しめるのだが…
ちなみに『中島』というのは、この地に居を構えた大庄屋中島氏にちなんでの名称である。
次はカゴノキ。
公会堂から見た樹の位置を想定し宿場町跡から道を北に進むと、すぐに一軒の家の前に『問屋のカゴノキ』の立杭が見つかった。
普通の民家であり、カゴノキは庭のいちばん奥に立っている。
これでは中に入って行くことはできない。
そこで公会堂に戻り、そこから民家の裏手に続く畦道を辿った。
塀越しではあるが、カゴノキに手を伸ばせば届きそうな位置まで近づくことができた。
写真に収め、この地を後にする。
すっきりした形のオーソドックスなイチョウである。
樹下の説明板には『香々美谷の人々はこの木の黄葉を見て麦播の適期を決めた』と書いてある。
集落のシンボルなのであろう。
またイチョウのすぐ近くには幹周3mを越えるケヤキもあった。
この宿場町跡にはいろいろな遺構が残っているのだが、それを見て回るほどの余裕はない。
時間があればそれなりに楽しめるのだが…
ちなみに『中島』というのは、この地に居を構えた大庄屋中島氏にちなんでの名称である。
次はカゴノキ。
公会堂から見た樹の位置を想定し宿場町跡から道を北に進むと、すぐに一軒の家の前に『問屋のカゴノキ』の立杭が見つかった。
普通の民家であり、カゴノキは庭のいちばん奥に立っている。
これでは中に入って行くことはできない。
そこで公会堂に戻り、そこから民家の裏手に続く畦道を辿った。
塀越しではあるが、カゴノキに手を伸ばせば届きそうな位置まで近づくことができた。
写真に収め、この地を後にする。